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「顧客体験が大事だ」「顧客体験を向上させるには」
近年、「顧客体験」がキーワードとして溢れている中で、顧客体験の最適化のために多くの企業が使用しているMAツール。
しかし、ユーザーの心を動かす顧客体験を創出するという意味でMAツールを活用できている会社は、どのくらい存在するのでしょうか。
20年以上にわたりマーケティング領域を中心に企業のデジタル変革を支援してきたアクセンチュア インタラクティブのマネジング・ディレクター、加藤圭介氏に、“真の顧客体験”とは何か、そしてMAツールで“真の顧客体験”を生み出すために必要なことをお伺いしました。
2001年、アイ・エム・ジェイ(IMJ)に入社し、取締役COOを経て、2016年、アクセンチュア インタラクティブ マネジング・ディレクターへ。
約20年間、一貫してデジタル変革やデジタル領域に関わる。
現在は、消費財メーカーの新規D2Cサービス開発やリテール企業のビジネス変革等のプロジェクトを推進しつつ、アクセンチュア インタラクティブのセールス統括、アライアンス、M&Aなどに従事。2018年より現在までadtech Tokyoアドバイザリーボードも務める。
――MAツールのお話を聞く前に、業界の変化についてお伺いをさせてください。
この20年で、デジタル変革とそれに伴うマーケティングマーケットの変化が急速なスピードで進んでいますが、加藤さんは、この変化をどう捉えていらっしゃいますか?
加藤氏 デジタルの普及に伴って、デジタルはマーケティングアジェンダを超えて、経営アジェンダになってきていると感じています。
まず2000年前後に、広報媒体が紙からデジタルにシフトしていきました。その段階ではデジタルを扱う部門は広報部や情報システム部門などで、現場の方々が兼務でやっていたという印象です。そして、2005年頃からデジタルがテレビ・雑誌・新聞・ラジオに次ぐ第5のメディアと言われるようになり、ようやくマーケティングの1チャネルとして認識されるようになりました。この頃に、いわゆるデジタルマーケティングという言葉がメディアに多く登場し、デジタルの注目度が少し上昇しました。デジタルを扱う部署も広報部からマーケティング部に変化し、レイヤーも部課長など管理職あたりまで上がりました。そこから更に10年で進化を続け、2015年頃には、デジタルはマーケティングを変革するだけでなく、企業全体やビジネスそのものを大きく変革する、いわゆる経営アジェンダになる時代に入ったのかなと思っています。
――おっしゃる通り、日本でも2015年頃からコンサルティング会社がデジタルエージェンシー機能を持ち始め、デジタルマーケティングが一気に加速していったと同時に、クライアント企業の考え方も変わってきたように感じています。この辺り、加藤さんの見方はいかがですか。
加藤氏 企業よりも生活者の変化の方が先でした。はじめに、iPhoneの登場などもありデバイス環境が変わりましたね。すると当然「情報を探す」「物を買う」時にデジタルが欠かせなくなり、それが生活者の行動の変化に直結しました。この変化に応えるため、企業はマーケティング部の中にデジタル部門を作ってデジタルの取り組みが始まりました。しかしながら、あくまでもマーケティングの領域に留まっており、企業全体やビジネスそのものを変革するというものではありませんでした。
本質的に企業全体やビジネスそのものを変革していこうとすると、当然デジタルチャネルだけでなく小売業であれば店舗やコールセンターも含めた一貫した顧客体験の設計が必要ですし、そもそもマーケティングだけでなく、サプライチェーンや組織・人材、ITなど様々な領域での変革が伴って初めて実現できるものです。つまり、部門を横断した取り組みが必要ですし、そのためには経営レベルでのコミットメントと実行が必要になる。そういった取り組みが始まったのが所謂「日本のDX元年」ともいえる2018~2019年辺りで、本格的なマーケティングソリューションの導入もこの辺りから加速してきたように思います。
――ツールを導入してから、運用やKPI設定、PDCAの必要性に気づいて、トライアルアンドエラーを繰り返しながらようやく一巡して、やっと本丸に入り始めてきたというのが、ここ最近のことなのかなと思いますね。
加藤氏 そう思います。
――これだけ時代が変化し、生活者の購買行動が変わって、「顧客体験」の重要性はより上がっているはずですが、「なぜ顧客体験が重要なのか」を追求できている企業は少ないように感じます。キーワード先行ではない、顧客体験の重要性を教えていただけますか。
加藤氏 顧客体験が重要になってきている背景としては2つあると思っています。ひとつは「モノ(商品)」だけでは売れなくなり「コト(体験)」の重要性が高まってきているということ、もうひとつは一度「良い体験」をすると後戻りできなくなるということです。
1つめの「モノ(商品)」だけでは売れなくなり「コト(体験)」の重要性が高まってきていることについてですが、生活者の趣味嗜向が多様化し、「良い商品を作れば売れる」時代ではなくなった結果、良い商品であることは当たり前で、さらに「良い体験」をも提供できなければ選ばれない時代に突入しています。企業のパーパスや「モノ(商品)」にまつわる開発ストーリー、購入後のサービスなど、顧客は単純に「モノ(商品)」の良さだけで買っている訳ではなく「コト(体験)」も含めた判断をしているということです。また、昔のようにテレビCMだけでブランドが作られる時代は終わり、企業と顧客とのタッチポイントにおける「体験」こそが企業や商品・サービスのブランドを形作るようになってきています。当然、店舗やコールセンターで受ける接客やアプリやウェブサイトで購買する際のUX/UIなども「良い体験」を提供する上で重要な要素になっています。
2つ目の、一度「良い体験」をすると後戻りできなくなることについてですが、例えば米国UBERが提供しているサービスを考えてみて下さい。タクシーでA地点からB地点に行くという体験ですが、これまでは路上で手を挙げてタクシーを止め、運転手に行先を伝え、B地点に着いたら料金を払って下車するという体験でした。これがUBERの登場によってアプリで現在地と行先を入力すると、自分のいる場所にタクシーが来てくれるので便利です。また、既に行き先は伝わっているのと、予めルートや料金もおおよそ決められているので遠回りされたり法外な料金を取られることもなく安心です。下車時には予め登録してあるクレジットカードでの決済になるのでお金のやり取りもなくスムーズです。こういった「良い体験」をすると、それが基準となって普通のタクシーに乗りたいと思わなくなってしまう、つまり後戻りができなくなるということです。これは、企業の競争優位を考える上で非常に重要で、競合他社に大きな差を付けられてしまうリスクがあるということです。
――「良い体験」をすると後戻りができなくなる…本当にそうですね。その「体験」をどう作り出していくかが、今後の企業の大きな課題でしょう。
マスのコミュニケーションが通用しなくなっている中、One to Oneマーケティングの手法で新しいユーザー体験を提供していく必要があります。その実現に欠かせない手段としてMAツールがありますが、最大限活用できている企業は少ないようです。
加藤氏 現状は残念ながらそうですね。全社で横断的にデータを活用できていないことがひとつの原因です。顧客が店舗、ネット、コールセンターなどタッチポイントを横断するのに合わせて、顧客に関する様々なデータは全社で統合する必要があります。パーソナライズされた体験をリアルタイムで提供することの重要性が増す中、データの活用度合いを高められればMAツールは顧客体験の提供を強力に支援するソリューションのひとつであることは間違いありません。
MAツールはあくまでも手段なので、解決したいビジネス課題によって導入するか否かを決めるのが前提ですが、導入する場合には部門間の横連携が不可欠です。例えばMAツールをマーケティング部門が導入するとしても、活用するには他の部門が持つデータも必要です。この連携を実現するには、トップの推進力や痛みを伴っても変革するという意志がとても重要になってきます。現場は今までのやり方を変えたくないのが本音です。変えるのは手間ですし、事故が起こるのではないかという不安もありますから。それを全社横断で変えていくにはトップが「なんとしてでも変えるべきなんだ」と目的をもって改革を行い、現場に浸透させられるかどうか。結局はここにかかっています。意識改革が一番重要ですが一番大変。根気強く、現場の課題解決にも繋がるなど変革のメリットを上手に伝えることが鍵になってきます。
――全社横断というと、ハードルが高い企業もありそうです。完璧にやろうと思うと、組織マネジメントを変えていかないといけない。企業の規模に比例して、難易度が高くなります。加藤さんはどこからテコ入れしていくのがいいと思われますか?
加藤氏 確かに、いきなり全社横断的な変革ができるかというとやはり難しい企業が多いでしょう。全社を動かすとなると社内の様々な方々の理解も必要になるので先ずはスモールサクセスを生み出すことが大事だと思います。きちんとKPIを設定し、小さくても確実な成果を追い、それらをもって社内理解を促していくのが良いと思います。
――横断できる・できないに関わらず、スモールサクセスを積み上げていくにもKPI設定をきちんとしていかないと、いつの間にかMAツールが手段ではなく目的に成り代わってしまうことになるのではと思うのですが、いかがですか。
加藤氏 最初はKPIを複雑にしすぎないことが大切と思います。おっしゃる通り、MAツールはマルチチャネルでパーソナライゼーションの精度を高めながら瞬間を押さえたコミュニケーションをするための“手段”です。「とりあえずMAツールを導入しよう」という考えでは、100%失敗してしまうと断言できます。解決したい課題は何で、達成したいKPIは何か。それにMAツールが必要であれば目的に合ったMAツールを選ぶ。もしかすると、MAツールは必要ない場合もあるでしょう。
また、忘れてはいけないのは人の心を動かすのはテクノロジーではなく、コンテンツだということ。テクノロジーとコンテンツがセットになることではじめて、人の心を動かしたり購買行動を起こしたりできる。先程「良い商品を作れば売れるという時代ではない」とお話ししましたが、「モノ」だけではなく「コト」や「ストーリー」というのが求められる中、「コンテンツ」の重要性は高まっています。コンテンツで人の心を動かすことこそ、真の意味で顧客体験を創出することだと思っています。
――MAツールはあくまでもシナリオに沿って作ったコンテンツを発信していくためのツール。どういうコンテンツ=ストーリーを届けていくのかが、本当に大事なところである、ということですね。
加藤氏 最終的に誰に何を伝えていくか、そこが本当に大事です。現在はテクノロジー先行で進んでしまっていることも多く、最も重要であるはずのコンテンツが少し置き去りになっています。
――たしかに、メディアやデバイスのチャネルが増えていくものの、結局同じコンテンツを同じ方々に届けてしまっているのが現実です。
誰に何を届けるかということを考えても、MAツールで、1億人に1億通りのコンテンツを届けることが技術的には可能なはずが、「届けるコンテンツがない」というところが今後の壁になりそうですね。
加藤氏 だからこそのチャンスです。今までテクノロジー先行で軽視されてきたコンテンツに目を向ければ、そこに差別化のチャンスがあると思います。
大企業ではすでにテレビCMのようなマスを対象にした大きなプロモーションから、顧客との細かなタッチポイントを大切にしてエンゲージメントを高めていく手法に切り替えています。顧客との中長期的な関係構築を前提にコミュニケーションを考えるとマーケティングの予算配分も変わってくると思います。アクセンチュアのようなコンサルティング会社は、このようにマーケティングのやり方やプロセス自体を変革していくことに貢献していかなければいけないし、それらが企業全体の変革につながるようにビジネス視点を盛り込んでいく役割もあると最近感じています。また、このような変革を企業が目指す際、コンサルティング会社の支援を永続的に受け続けるのは現実的ではありません。そのため、私たちが変革のご支援をする時はクライアント企業の皆さんと伴走しながら人材育成に必要なスキルや最適なテクノロジー環境を提供し、最終的にはその企業が内製できることを目指します。
――マーケティングの予算配分も大きなシフトチェンジしてきていると。
加藤氏 急に全部がデジタルに移行するとか、テレビCMがなくなるとか、そういうことではありませんが、製品・サービスの提供価値や顧客ライフタイムバリュー(生涯価値)、CRMの効果を高めるために、シフトチェンジが起こりつつあるのではないかなと感じています。
――コンテンツ開発はMAツールと併せて、今後伸びていく市場になるということですね?
加藤氏 MAツールが本格的に活用されるようになると、コンテンツの重要性もさらに増していくでしょう。
――その時に焦っても遅いですね。ありがとうございます。
“真の顧客体験”を生み出すために必要なトップの推進力と覚悟、One on Oneのコンテンツ。 これを本当の意味で実現している会社は「まだないのではないか」、「だからこそチャンス」だともと加藤氏は話してくれました。
次のインタビューでは、アクセンチュア インタラクティブ真野氏に、この加藤氏のインタビューを受け、“真の顧客体験”を実現するために現場に必要なことや考えをお伺いしています。
また、2回にわたるインタビューとMAツール使用者アンケート調査をあわせ、「MAツールで失敗しない運用方法」を以下のページでまとめています。
自社の課題解決のために、役立ててください。
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